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珍しいサークルに入っていました 2015年2月23日

私が大学生1年生の時に入っていたサークルは、LGBTサークルでした。サークルに入る条件は、「セクシャルマイノリティであること」。ゲイの人もレズビアンの人も、性同一性障害の人もいました。(一番多かったのはゲイの人です。)インカレサークルで、メンバーの所属大学は東大、早稲田、MARCH、日東駒専など、幅広かったです。

「LGBTの学生の居場所を作る」ということ自体がサークルの目的だったので、具体的な活動について制約はありませんでした。誰かが「やりたい」と言えば、実現できる環境が整っていたのです。実際、運動会を開いたり、映画を作ったり、LGBTについて知ってもらう冊子を作って配ったり、色々なことをしました。活動頻度も各メンバーの自由だったので、毎日部室にいる人もいれば、イベント時のみ顔を出す人もいました。

私は自分自身のセクシャリティがよく分からず、半ば興味本位でこのサークルに入りました。サークルを通じて仲の良い友人もできましたが、「やっぱり自分はセクシャルマイノリティではない」という結論が出たので、2年生になるときに辞めました。辞める理由を正直に話した時、みんな快く送り出してくれました。サークルに対しては感謝の気持ちでいっぱいです。

世の中にはこういう面白くて興味があるサークルだけではありません、某有名私立大学ヤリサーの実態も明るみに出た事がありました。とにかく女の子を泥酔させて密室に連れ込んで行為に及ぶという流れはもはやレイプとしかいいようがないと思います。

傷ついた女の子はかなりの数がいるそうですが、中には警察には言いたくないという人もいたようなので実際はもっと被害数が多いと想定されます。

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Categories: エロ系

さるぼぼと旅行 2015年2月6日

久しぶりに俺得修学旅行というマンガを読んでから自分が参加した修学旅行について懐かしくなって思い返してしまいました。頭の中で思い出すのは簡単なので、今回は第三者からでも十分に理解できるように試しに文章として書いてみようと思いました。
久しぶりにライターとして書いてみますので誤字脱字などあるかもしれませんがそこらへんはお許しください。

飛騨・高山・木曽路(岐阜県・長野県)に修学旅行に行きました。
2度目の旅行先だったのでなつかしくもありました。
古い町並みを散策しました。江戸時代の古い民宿などの町並みは素敵でした。たくさん写真を撮りました。

独特の民宿に泊まりました。
民宿側と班のトラブルで友人と2人ずつにわかれて泊まらなければならなくなりました。
1班4人でした。(1班5人の班もありました。)
他にもわかれてとまっていた班があったので、もうひとつ別の民宿を契約してくれていればよかったのにと思いました。
何かあるたびに、3~4件先の民宿に泊まっている友人をよびいきました。食事のたびにどちらで食事するのか聞きなおさなければなりませんでした。
少し不便でした。
少し寒かったのをおぼえています。

お土産に「赤かぶ漬け」を購入する約束だったので探しました。5件くらいまわっていいものを購入しました。
独特の赤いかぶ漬けと薄い赤のかぶ漬けとを購入しました。

民芸品の「さるぼぼ」を購入しました。赤い顔で独特のかすりを着ていました。
プラスチックのものもありましたが、大体が布製品でした。小さいものから大きいものまでたくさん種類がありました。
私の買った「さるぼぼ」は友人たちに好評でした。
旅行かばんにつけてまわりました。
友人の一人が気に入りあげました。また、購入しに行きました。
また、別の友人の一人が気に入りあげました。また、購入しに行きました。
結局、再度購入しに行きました。
何度もいったので店の人にも覚えられました。
お土産としても「さるぼぼ」は好評でした。

どうだったでしょうか?割りと普通にうまく書けたんじゃないかと思います。

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Categories: 未分類

はだかんぼ運動会での団結力 2015年2月4日

私の一番心に残るはだかんぼ運動会は六年生の時です。やはり、小学校生活最後の運動会ですから、ただでさえ気合いが入りますよね。当時のクラスは雰囲気もよく、みんなで頑張ろうという気持ちも1つになっていたので、放課後に競技の練習だけでなく応援の練習をしたり、大きな旗やお揃いのプロミスリングを作ったりして気合いが入っていました。
特に名物だった、全員リレーは特に気合いが入っていましたね。六年生が取り組む競技だったのですが、クラス全員がリレーでたすきを繋ぎます。当時、クラスは35人くらいいたので、それは圧巻でした。六年生になって全員リレーで走るのが憧れでもありましたね。
全員リレーに関しては、作戦会議を何度も重ねました。足の速い子と学級委員が中心となって、順番を組みます。それからクラス全員で話し合ったり、実際に走ってみたりして、何度も何度も組み替えて相談しました。
途中、意見が対立したりする場面もあり険悪な雰囲気になることもありましたが、どうにか最終的には納得できる順番が組めました。
いざ、当日。全員リレーはプログラムの最後に組まれていました。クラスは全部で3クラスです。絶対に勝ちたいという気持ちで走りました。最初はトップだったのですが、抜かされたり、抜かしたりで、ハラハラどきどきですね。ちなみに私は三番目に走ったのですが、どうにかトップのままバトンを渡すことができました。
どのクラスも最後の5人くらいは、かなり速い子達です。それはそれは接戦で見てられないですよね。
結果は二位でした。すごく悔しかったですね。クラスほぼ全員が泣いてました。でも涙が出るって事はそれだけ本気で真剣になった証だよという先生の言葉に救われましたね。
同窓会などで集まると、今でもその話題が上がります。
またやってみたいですね
今まで生きてきた中で一番の素晴らしい思い出だったと思います。大人になってくるとそういった良い思い出というのがなかなか出てこないので辛い事などあるといつのまにかこの事を考えてしまう自分がいます。

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