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セクハラ自動車 2015年1月19日

私は昭和39年M大学に入学しました。その年は東京オリンピックの年でしたが、まだまだ中学卒業で社会に出ていく友達が多く大学に入学できた私は幸せでした。
親に感謝です。当時私はあまり大学という名前にこだわることはなく、家もそれほど豊かというわけでもなかったので浪人してまでも有名大学へ入るという気持ちはありませんでした。
しかし私の育った田舎では東京六大学が特別視され私もそれに触発され、六大学の一つであるM大学に入学しました。
また、住まいは当時は寮に入れると生活費が安くなるということで私も運よく寮に入ることが出来ました。これには親が喜びました。

入学式には亡き父と一緒に出席しました。お昼には父親と大学の近くの食堂で餃子を食べたのを覚えています。
父親は最初の授業の日学校に来て国語の授業を窓の外から見ていました。私はびっくりしましたが父親の気持ちが今ではよくわかります。
初めから友達もでき楽しい大学生活でした。

2年生後半からはゼミも始まりゼミの仲間と行動することが多くなりました。
ゼミは当時人気のあった経営学のゼミでこのゼミで多くの友人ができ今まで交友が続いています。
私の一生で一番幸せな時期を過ごさせていただいた父親や母親に感謝の気持ちで一杯です。
今では大学は入学が当たり前の時代になりましたが、当時は東京まで6時間の汽車の旅でそう気楽に帰って来れる距離ではありませんでした。
汽車賃も負担でした。

だから東京は遠かったのです。寮祭では全員で県歌「信濃の国」を歌い泣きました。
思い出多い学校生活です。

もちろん大学生は夏休みなど非常に長い休みが取れるのでその際に自動車学校にで免許取得もしました。やはり免許証を持っていれば身分証明書にもなるし、社会人になってから自動車免許を取得は時間が全く取れないので不可能です。こういう時間がある時に取得するのが一番です。そう思って入学を決めたのはかなりの格安。どうしてかは後でわかりました。そう、ここはセクハラで有名な自動車学校だったのです。最近、コミックで読んだセクハラ自動車という作品と同じような感じでした。自動車の中では2人きりなので、自動車の技術の話は一向にせずにひたすら「彼氏がいるの?」とか「初体験はもう済ましているの?」とか「その胸は何カップ?」と周りに人がいたら絶対に言わない内容を恥ずかしくもなくオンパレードで質問責め。苦笑しながら曖昧な返事をしているといきなり太ももらへんを手のひらで触ってきたり、いきなりオッパイに手を当てて揉んできたりとやりたい放題!訴えたい気持ちがすごかったのですが、怒ってもこの教習分が不合格になってしまうのも嫌だったのでその教官には逆らわずに我慢しながら教習を受けていました。

Categories: エロ系